上手にひとに頼れない

目次
1. ひとに頼む技術
2. 何故ひとはひとにものを頼むのを嫌がるのか
3. ”あなたに借りがある” と思うと返したくなる
4. 返報性の認識が異なることによって起こる悲劇

独白するだけのゴリラになりたい。

どうして我々はひとにものを頼むことがこんなに苦手なのだろう。

それは、5つの社会的脅威(ステータス、確実性、自律性、関連性、公平性)を同時に体験する可能性があるからだ。

ひとに頼む技術

「読む本の種類変わったね」

昼食時に、自分のカバンから顔をのぞかせた派手な黄色の本を見つけた妻からの言葉だ。

「最近はより現実に即した本を読むこと多いね」

自分がカバンに潜ませていたのはハイディ・グラント著 ”人に頼む技術” という本だ。
”現実に即した本” と評されるのも納得の本である。

”バーティミアス (3) プトレマイオスの門” に比肩する黄色さ

確かに、自分は日常生活ですぐ役に立つ、いわゆるハウツー本を好んで読むタイプではない。
しかし、年末に職場で起きた不可解なトラブルを理解するのに役立ちそうなのでアマゾンでポチってみた。

職場における不可解なトラブルというのは、事務職の同僚に彼女たちが担当する仕事を頼んだところ、
「もっと ”お願いします” と ”ありがとう” を言って欲しい」
と主張されたことである。

まったくもって意味がわからなかった。

労働の対価として賃金を得ているのに、何故 ”お願いします” ”ありがとう” という言葉を要求するのだろう?

そもそも業務範囲内の仕事をしっかりこなせないのにどうして対価を要求してくるのか、その図太さに苛立ちすら覚えた。普通に険悪なムードになった。

しかし、ただの言葉で業務が円滑に進むならば仕方ないと、翌日から彼女たちの要望通りにしてみた。

ちなみに翌日からというのは嘘である。
自分を無理やり納得させるのに5営業日かかった。苦痛だった

そんなこともあり、自分はひとにものを頼むのが死ぬほどヘタクソだと気付き、この本 を購入した次第である。

何故ひとはひとにものを頼むのを嫌がるのか

ひとにものを頼むのがヘタクソ、あるいは苦手なひとは多い。
なぜだろう。

ミルグラム実験、別名アイヒマン実験で有名なスタンレー・ミルグラムは学生に依頼し、混雑した地下鉄内で無作為に選んだ乗客に席を譲ってもらうように話しかける ”地下鉄実験” を行った。

他人の命令に従っている時、ひとはどれほど残酷なことができるのかに触れた名著

実験の結果、68%の乗客が席を譲ってくれた。
一方で、被験者の学生たちは乗客に話しかけることに強いストレスを感じることがわかった。

ストレスによるパフォーマンスの低下を感じたことがあるひとは珍しくない。
おそらくあなたも身に覚えがあるだろう。

このようなネガティブな反応(痛みの反応とそれに伴う作業記憶や集中力の低下など)をもたらす社会的脅威を、デイビッド・ロックは5つのカテゴリーに分類した。

  1. ステータスへの脅威
  2. 確実性への脅威
  3. 自律性への脅威
  4. 関連性への脅威
  5. 公平性への脅威

冒頭にも書いたように、他人に何かを頼む時、我々はこの5つの社会的脅威を同時に体験する可能性がある。

人は他者に何かを頼むとき、無意識にそのことで自分のステータスが下がると感じやすくなります。
―中略―
相手がこちらのリクエストにどう応えてくれるかがわからないので、確実性の感覚も下がります。
また、相手の反応を受け入れなくてはならないので、自律性の感覚も低下します。
相手に「ノー」と言われたとき、個人的に拒絶されたように感じることがあるため、関連性への脅威も生じます。
そして、もちろん、「ノー」と言われたときに、相手との関係に特別な公平性を感じることはめったにありません。

ハイディ・グラント「人に頼む技術」

上述の理由から、ひとは他人にものを頼むことに強いストレスを感じるのだ。
多くのひとが他人にものを頼むのを嫌がる理由がよくわかる。

「人に頼む技術」では、この前提からスタートし、頼まれる側の心理にも踏み込んだうえで、どのように頼めばwin-winの関係を築けるのかに言及している。

非常に読みやすい上に日常生活の経験知に結び付きやすい事例を多く扱っている説得力のある本だ。
巻末に参考文献の記載がないことはやや不満だが買って損はない。

”あなたに借りがある” と思うと返したくなる

相手に借りがある場合、ひとは借りを返すために頼みごとを受け付けやすくなる。
直感的にも納得してもらえるだろう。

与えられたものと同等のものを返したくなる心理は、心理学用語で ”返報性” と呼ばれる。

本日のメインテーマはこの返報性に集約されている。
すなわち、賃金という対価を受け取っているのに、「ありがとう」や「お願いします」という言葉を求める同僚と自分の報酬に対する認識の違いだ。

Frank Flyennによると、返報性は、
① 個人的返報性
② 関係的返報性
③ 集団的返報性

の3種類に分類されている

個人的返報性は取り決めによる交換である。

バイトのシフトを代わってもらったから、次は自分が代わってあげた、というような返報だ。
取り決めた以上のことはしないし、相手に対する特別な感謝もない
義理や貸しの感覚は、自分の番を担当し終えると消える。
いわゆる、ビジネスの関係を指す。

関係的返報性は親密な関係にある相手とのあいだだけに生じる。

何をするかについての取り決めはなく、漠然と自分が困った時にも助けてもらえるはずという前提で相手を助ける。
感謝と義理の両方が生じるが、それはその相手とのあいだに限られる

集団的返報性は内集団での一般的かけあいだ。

すぐに見返りが得られることを前提にせずひとを助けようとする。
必ずしも相手から見返りがあることを期待しない。
誰かを助けることは巡り巡って自分に返ってくるという暗黙的な考えに基づいている。

返報性の関係についての認識のずれがあるとコミュニケーションに齟齬が生じやすい。

コミュニケーションの齟齬により険悪な雰囲気になったことはあなたにもあるのでは?

返報性の認識が異なることによって起こる悲劇

3種類の返報性について知ることで、自分と同僚の間に起きたトラブルの根本が理解できた。

自分は、担当者が担当する業務を処理することは当然の義務であると考えている。当然それは自分にも当てはまるし、すべての社員に当てはまる。

そして、担当の業務を行うことは、集団返報性に基づいて会社全体に還元される。
わかりやすく言えば売り上げだ。

一方で彼女は、が ”彼女の担当する仕事” を ”担当者である彼女” に回したことに対しての返報を会社全体のかけあいではなく、決められた業務をパスし合うだけのもの(個人的返報性)だと認識した。

彼女からすれば、労働を強いられたのに返報がないという認識になる。
このために、彼女は仕事を頼んできた私に感謝と依頼の言葉を対価として要求したのだ。

ひも解いてみればなんてことのないコミュニケーションの齟齬を理解するために2ヵ月以上かけてしまった。

なんとなく馬が合わなかったり、苦手意識のある相手があなたにもいるのであれば、返報性の話は新しい視点を与えてくれる可能性がある。

たいていの人間関係のトラブルは言葉足らずから起きる。
知識は、言葉の不足による不透明さに色を与えてくれる。

あなたの知っている色を、自分にも教えてもらえると嬉しい。

では、また。