転職して半年が経過した。
正直な話、職場の先輩方とあまりにも価値観が違くて、しんどい。
ライフワークバランス重視派なんで、ソルジャーとして期待されていると言われてもモチベーションあがんねぇっすわと酒の席で話したせいか、最近さらに居心地が悪くなった気がする。
くそ、多様性を認めろよ。でも飯おごってくれてあざーっす。次は蟹食わせてくださいね、はははは。……。
あー、仕事辞めて旅人に戻りてぇな。
そう言えば、同じようなこと言ってた友人がいたなぁ。
大学時代の友人にインタビューをお願いした経緯
「俺、仕事辞めて旅人になることにしたわ!」
あっけらかんと友人のSが言い放ってから2年が経過した。
カナダでワーホリしたいと相談されたので、色々聞いた結果、バックパッカーの方がいいんじゃねぇの、と軽い気持ちでアドバイスしたら本当に仕事辞めやがった。
なにもこんなご時世に、しかも我らもう言い訳もできないアラサー世代に突入したっていうのに、どんな決断力してんだこいつ。
将来への漠然とした不安とかねぇのかよ。ていうか今仕事辞めてなにするんだよ。
「海外渡航厳しいからとりあえずYoutuberになりました☆」
メンタル鋼かよ。メタリックメンタルって駄洒落みたいだね、とかどうでもいい感想が出てきた。
とりあえずSのYoutube見た。噴飯した。初めてチャンネル登録した。
https://m.youtube.com/channel/UCTdNIoha5U55PNwosK1ZvVQ
愛すべき馬鹿野郎って、こいつみたいな奴のことを言うんだろうなぁ。
仕事辞めるのいいなぁ。何を考えて仕事辞めたんだろうか。インタビューさせてもらお。
Sという自己中な男の物語
Sとの出会いは俺が海外放浪を終えて復学した直後だった。
休学明けで所属する学年が変わり、すでに人間関係ができあがっている環境に飛び込むのは気が進まない。友達100人できるかしら?
角が立たないように人畜無害を演じようと決心して教室に入った。
その教室で、夜通し酒でも飲んどんのかってテンションで騒いでいたのがSだった。そんで素面だった。
彼のYoutubeを見て改めて気付いたのだが、こいつ飲酒前後でテンション変わらないんだな……。酒飲む前から摂酒したやつのテンション。
そんなSなので、打ち解けるのに大して時間はかからなかった。
Sは某うどんで有名な県の片田舎育ちで、母親から東京の話を聞き、東京に強い憧れを抱いた。
そんなわけで当然進学先には東京の大学を選び、上京。
ひとと物と情報量の多さに感激し、上京後すぐにひとりで東京観光に繰り出していたらしい。
ひとりで大はしゃぎしながら名所観光をしているSの姿が容易に想像できる。
東京を遊び歩いて1年半が経過した頃には、さすがに慣れてきたのかはしゃぐ気持ちも落ち着いてきた……そんな男ではなかった。
「日本の中心を経験したし世界の中心にでも行きますか。どこだ?とりあえずアメリカか?」と、ほとんど考えなしでSは単身ニューヨークへ乗り込んだ。
そして、うどん県から上京した時以上に驚愕したという。
なにもかもが違っていた。
ここには知らないものばかりで、Sはよそ者で、若干の居心地の悪さと常識が覆される心地よさ(Sはソワソワしたと表現した)。
その快感は麻薬のように強烈だった。
異文化との交流、自分が丸裸にされたような解放感、そんなものがSを虜にした。
思えばあいつは露出狂ではないが確かに変態だった。
未知の文化に触れたいという気持ちは、就職した後も消えることはなく、唐突に「エジプト行きたいから一緒に行こう」と誘われたこともあった。
というか体のいいガイドに俺のことを使おうとしてやがった。
結局、飛行機予約直前にやつのパスポートが有効期限が切れかけていることが判明し、エジプトじゃなく一緒にラオスに行ったんだよな、懐かしい。
ふたりでゾウを怒らせてちょっと身の危険を感じたのも今となってはいい思い出だ。
さて、破天荒ではあるが根は真面目なSは希望の就職先で営業マンとして日夜仕事に打ち込みメキメキと売り上げを伸ばしていた。
上司にも「お前は営業の才能がある」と認められ、彼女との関係も良好。はたから見れば人生を満喫していたSだが、仕事に慣れた頃にふと思ったという。
仕事は他者への貢献だ。正しいギブアンドテイクの先に、他人を満足させる。そこに価値がある。
だけどちょっと待ってくれ。俺は満たされていないぞ?
ニューヨークで体験したあの目が覚めるような感動を、仕事を通して得たことがない。
俺はあの体験を思い出にしたまま、一生この仕事を続けるのか?
自分に満足できていない人間が他人を満足させることなんて出来るのか?
本当にこのまま仕事を続けていていいのか!?
Sの葛藤はアラサー世代には馴染み深いものなのではないかと思う。
自分を消費して他人に貢献する虚無を、言語化しないだけで多くのひとが感じているのではないか。
かくいう自分もそのうちの一人だ。
Sは、自分のことを自己中だと評していた。
ベクトルが自分にしか向いていないから、他者貢献をすることに疑問を抱いてしまったと。
ベクトルが自分にしか向いていないというのは、確かにそうなのだろう。だが、俺はSのことを自己中だと思ったことは一度もない。
まぁ、約束の時間に怒りにくい範囲で遅刻することや、金を持たずに飲みに来ることはあれど、少なくとも我を通す際には他人を不快にさせないように気遣いをする男だ。
もし仮にSの言葉通り、彼が「自己中」だとするならば、彼の自己の定義は他人にまで及んでいると推察する。
「バカの壁」で有名な養老孟子が日本語と英語の一人称についてこんなことを言っていた覚えがある。
曰く、英語の人称は明確だが、日本語は一人称と二人称の区別が曖昧だ。
相手のことを「てめぇ」と呼ぶが、もともとは「手前」であって、自分のことを指す。
同様に、相手を罵倒するときに言う「おのれ!」も「己」だ。一人称だ。
おそらくSの自己は親しい友人を含めた範囲の自己である。
「自」分と「おのれ」を「中」心にした自己中だ。
※補足までに、自己中を自称する人間の多くは他者に自分との同化を強要するが、Sの場合は驚くべきことに一切同化を強要しない。
SはB2Bの営業マンとして活躍していたが、エンドユーザーの声が遠いとも言っていた。
仕事を通した他者貢献の他者が自己に含まれなかったことが、Sが仕事を辞めることになった大きな要因なのではないか。
こんなふうに書くと、まるでSが仕事に失望して自由を求める考えなしのように誤解されてしまうかもしれないが、Sの本質は就活前後で何も変わっていない。
彼はずっと気の向くままに、やりたいことをやってきた。
東京に行きたいからと大学進学し、世界の中心を見たいからと英語もろくに喋れないのにニューヨークでひと夏を過ごし、自分の興味のある仕事をするために就職した。
ただ、これまでは他人が与えてくれた選択肢の中から選んでいたのが、自分で選択肢を作り出しただけの話。
Sは今、エンドユーザーの声を聴くために接客業のアルバイトに励みながら、世界遺産検定と英語の勉強に勤しんでいる。
そして、いつか海外放浪から帰国した日には、これから海外に旅立とうとする学生や社会人を支援するような仕事をしたいという。
ベンヤミン―ショーレムの往復書簡のなかに、他人を助けるためには愚か者でなければならない。愚か者の助けのみが真に助けであると説く一節があった。
無償の愛を注ぐような手助けを、俺たちは他人にしてやれない。
利害関係なんて考えたこともない愚か者にでもならなければ、真の意味で他者貢献なんてできない。
でも、自分のことなら利害なしで助けられる。
真の他者貢献は、自己中の先にしかないのかもしれない、とSの話を聞いて思った。