青野君に触りたいから死にたいというマンガを読んだ

独白するだけのゴリラになりたい。あと自己嫌悪をしたくない。

青野君に触りたいから死にたいという死ぬほどメンヘラタイトルのマンガを読んだ。

会社を仮病でさぼって全巻大人買いして読んだ。

何度か1巻無料公開となっている度に読んでいたマンガなのだが、何度も読むたびにじわじわと続きが気になって今回ついに全巻購入したという次第である。

自分はマンガが好きで、ジャンルを問わず様々な作品を読むが(おそらくかなり多くの人もそうだと思うが)、読後しばらくしてからじわじわと続きが気になるマンガに出会ったのは初めてのことだ。

簡単にストーリーを紹介する。

まずタイトルに出てきた青野君だが、登場から13ページで死ぬ。しかも彼女が出来てまだ2週間しか経っていないのに交通事故で死ぬ。

これでタイトルの意味がわかってもらえたと思う。

青野君は死んでいるから触れない。だけど触りたい。彼に触るには自分も彼と同じ世界に行くしかない。だから死にたい。

青野君に触りたいから死にたい。

ではこの場合死にたいのは誰か?青野君に触りたいのは誰か?

青野君が死ぬ2週間前にできた彼女の優里ちゃんだ。

この優里ちゃん、学校で青野君の訃報を聞いたその日のうちにリストカットを試みる。

その瞬間に、幽霊になった青野君が優里ちゃんの自殺を止めに現れる。一瞬だけ自殺を思いとどまる優里ちゃんだが、幽霊の青野君に触れないことがわかると迷わず自死を選ぶメンヘラっぷり。

結局優里ちゃんは幽霊となった青野君と生きたまま付き合うことを選ぶ…という、ここまで聞くと相思相愛のふたりが触れることを許されぬ悲哀の物語っぽい。

「ぽい」というのは、そうではないということである。

ふとしたきっかけで優里ちゃんが青野君に憑依できるか私で試してみる?ときいた瞬間、青野君は別人のように豹変し優里ちゃんの体を乗っ取てしまう。

このあとも度々青野君は優里ちゃんの体を乗っ取るのだが、肉体の所有権を奪おうとする青野君の豹変ぶり、というか別人格の青野君がとにかく怖い。

自分が悪霊のようになってしまうことに戸惑う青野君に対し、青野君のそばにいられさえいればどうなってもいいと決心する優里ちゃん。

ホラーラブロマンスとでも呼べばいいのか、とにかく新しいジャンルである。

このマンガのホラーとしての良さは、青野君が悪霊になる時など、日常からホラーへと変わる時のルールが作者の中で明確に決まっていることだ。

怖さというのは存外簡単に演出できる。

理不尽さと不気味さをかけあわせればいい。

理不尽さも不気味さも我々の知覚する世界のルールから外れているため恐怖を感じさせるのだが、一方でルールから外れているがゆえに作品全体として俯瞰したときに稚拙な造りに見える。

いわゆるご都合主義に見えやすいのだ。

ところがこの作品では理不尽さも不気味さも現実の世界とは違う軸のルールに従っているため、現実世界の人間から見れば怖いのだが、この恐怖は別世界の規則に従っているので作品内でご都合主義が横柄な態度をとることがない。

もう少し補足すると、ルールがあるのに怖いというのは、異世界のルールを我々が共有しきれていないために、理不尽さと不気味さが消失していないのだ。

つまり、本作品で感じる恐怖は恐怖の残り香とでも言うか、我々とは別の世界から顕現しているという点では従来の恐怖と同じなのだが、規則に従っているためどこか身近な恐怖なのである。

そうは言っても、作りこまれたホラー作品というのは他にもあるので、自分がこの作品に惹かれた理由はこれだけではない。

ホラーのルールが設定するためには、モンスター(この場合は死者)の視点から世界を構築する必要がある。

自分の言語能力不足で説明しきれず大変残念なのだが、死者に優しい物語なのだ。

意味が分からないと思うだろうけど、おそらく作品を読めば自分の言いたいことが伝わるはず…。

そう、青野君に触りたいから死にたいは、優れたルールで構成されたホラーマンガでありながら、その土台は繊細な感情でかためられている。

青野君に触れないことを知って再び手首を切ろうとする優里ちゃんの台詞。

「君に触れないなら死ぬしかないじゃん!」

は、確かにメンヘラ発言なのだが、その一言で断じてしまうのは自らの感性の乏しさを認めるようなものだと思う。

彼女の台詞の中には死者である青野君に対する偏見が一切ない。

梅原猛が「生きている平凡な優越者は、死んでしまった優れた劣等者に嫉妬を感じない」と記した。共感する。

そしておそらく多くの人がそうなのである。

死者を一段下の存在として見ているのだ。

だがこの作品にはそれがない。いや、後にあるのだが、死者を下に見てしまうことを悔いる様子がしっかりと描写されているので、作者はこの辺りを意識しているのだと思われる。

繊細なのだ。言葉にはできないような微妙な感情が繊細に、それでいて読者に伝わるように描かれている。

以下に優里ちゃんと友人の美桜ちゃんの会話の一部を例として載せる。

「わたし勝手に美桜ちゃんのこと友達だと思ってた…友達の悲しみに気付けなかったことが悲しい。

わたしは青野君の気持ちを無視して、無理やり青野君にわたしの瞳を捧げて青野君の力を利用したの

好きな人の心の隣に座りたいのに、その心を見失って足でうっかり踏み潰すの…」

「…ありがとう優里ちゃん」

「どうして?酷いことしたのに…」

「君がうっかり踏んじゃうような難しい場所にあたしの心があったことを怒らないでくれて」

胸が締め付けられるような優しさだとは思わないだろうか?

この繊細な感情、心が揺れているのに言葉にするほどはっきりと揺れてくれない微妙な感情が作品内の随所で作者によって見える形に変換される。

そしてそのどれもが暗い感情ではなく、淡い光のような優しさに起因したものなのだ。

ホラー要素が第一の武器ではないから、1冊読み終えた後にドキドキハラハラしてすぐに続きを読みたいとは思わせるような作品ではないが、作者のメインウェポンである感情の描写によって、ずっと心にひっかかる作品であるからじわじわと続きが気になるのだろう。

ちなみに主人公の優里ちゃんが結構なむっつりスケベで、青野君との性的なシーンもある。

ただし青野君は幽霊なので彼女に触れることはできない。

それこそが、青野君がどんどん悪い何かになってしまうのに優里ちゃんが何度も彼に肉体を受け渡す理由なのかと邪推している。

決して触れ合うことができないから、一体化を望むのではないか。そして、作者は一体化をホラーで描写する…

触れ合うことを望むふたりに対し、一体化を禁忌として描く作者。

物語の結末はどうなるのだろうか…